海の散歩道

神戸が発祥の地
 わが国における神戸発祥の文化としてゴルフ場、ジャズなどが有名ですが、水族館発祥の地も神戸であることをみなさんご存知でしょうか。魚を愛でるという日本の文化は古く、既に日本書紀(720年)に景行天皇が美濃国で池にコイを放ってご覧になったと記されているそうです。また、見世物小屋として明治15年には上野公園に「うをのぞき」という施設が設置されています。しかし、このような施設は、単に魚を水槽に入れて見せているだけで、まだ「水族館」というレベルではありませんでした。 明治30年、和田岬の地で第2回水産博覧会が開催されました。ここに設置された「和楽園」という遊園地内に、本格的な飼育循環設備を備えた水族館が設置されたことから、神戸がわが国の水族館発祥の地とされています。なお、その伝統を今に伝えるため、当園の中にある特別展示を行う建物を「和楽園展示館」と名付けております。
須磨水族館
 この伝統を引き継ぎ、昭和32年5月10日に、神戸市交通局が、当時の庶民の足だった市電の黒字還元と、さらに市電を利用していただこうという思惑から、ここ須磨の地に「須磨水族館」を開設しました。  昭和30年代というと、まだ経済が高度成長期に入る以前であり、全国に水族館の数も少なく、当時は「東洋一の水族館」と呼ばれ一世を風靡しました。今でも、「玄関を入るとすぐにタイル張りの海ガメプールがあって、その横にシャチの骨格が飾ってあったよね」とお話いただくことがあります。  それから二十数年が経過し、昭和50年代には建物の老朽化が進んだこと、また、アクリル樹脂など新たな展示水槽技術の進歩があったこと、ラッコやイルカな ど新たな展示生物の導入を考えていたことなどから、水族館が30歳を迎えた昭和62年5月10日にその歴史を閉じ、新たな須磨海浜水族園に生まれ変わることとなりました。この30年間の総入館者数は、22,882,838人だったという記録が残っています。
須磨海浜水族園
 水族園を構想するに当たり、当時の吉田啓正館長は、「生き様展示」をコンセプトとして、基本設計にあたりました。この基本方針は現在も受け継がれており、魚の「夜と昼との活動の違い」、「身の守り方や隠れ方」、「共生」など、水 族たちの生き様を見ていただけるような展示を心がけております。  また、開園当時、国内では最大級の規模を誇った容量1,200m3の「波の大水槽」は、広くて深い神秘的な海を再現するため、特にエントランスホールの広さをど のくらいにすれば海という自然を切り取り、臨場感をもって演出できるかを探るため、吉田元館長は多くのホテルのロビーなどを参考にさせてもらったという話を聞いたことがあります。 このようにして、須磨海浜水族園が誕生したわけですが、当然のことながら水族館は生きものを飼育展示している施設です。このため、一気に開園というわけにはいかず、まず、本館、ラッコ館などを第一期工事として昭和62年7月16日にオープンし、その後、旧水族館を取り壊し、その地に第二期工事としてイルカライブ館の建設を行い、平成元年3月27日にオープンし、現在に至っています。
大水槽時代の幕開けと水族園
 昭和62年当時、波の大水槽は国内最大級でしたが、その後、経済の高度成長時代を迎え、葛西臨海水族園(平成元年)、大阪海遊館( 平成2年)、名古屋港水族館(平成4年)、ふくしま海洋科学館(平成12年)、沖縄美ら海水族館( 平成14年)など各地に次々と新しい水族館が建設されました。これらの水族館では、水槽のさらなる大規模化が進み、水族館の展示を一変させました。因みに、昔ながらの小さな水槽が横一列に並んでいる展示方式を「汽車窓式展示」と呼びますが、当園は、この変革時期にオープンしており、大水槽時代の幕開けとなった水 族館でもあり、一方、昔ながらの汽車窓式水槽も並ぶ懐かしいタイプの水族館でもあります。
阪神淡路大震災を経験
 平成7年1月17日午前5時46分には、忘れもしない阪神淡路大震災を経験し、多くの水族を失いました。その際は、市民の皆様や全国の水族館からの多大なる支援や応援をいただき、速やかな復興をとげることができました。  また、平成12年7月7日には、阪神淡路大震災からの復興記念として、「人と自然との共生」をコンセプトに日本初のチューブ型トンネル水槽を設置したアマゾン館をオープンしました。
水族園のあり方
 水族館に求められる機能を一言で言うと、「水族という生きものを通して、生きものや環境について、老若男女を問わず、楽しく遊び、語らい、学べる場所」だと思います。  この理念を現在の冨井昭博園長は、Entertainment、Education、Ecology、Enrichmentの“4つのE”で表現し、水族園のあるべき姿を示唆しています。  現在、この方針に基づき、
・皆様に「へエーなるほど」と感心し楽しんでいただける「生き様」展示
・干支、七夕、クリスマスなど時節に因んだ企画展示
・地引網、観察会、飼育係体験などの参加型イベントの実施
・飼育係によるピンポイントガイド、ウォッチングツアーなどの実施
・「すますい生きものスクール」による各種レクチャーの実施
・(社)日本動物園水族館協会と連携した希少淡水魚の保全活動
・体験学習や共同研究など、学校と連携した事業
・ユニバーサルデザインに配慮した施設づくり
・ボランティアやNPOとの協働
 などの活動に努めているところです。
将来の水族園
 神戸は海、山など自然環境に恵まれた都市ですが、今後さらに安全で、快適で、優れた住環境の整備が、“我が町神戸”に不可欠でしょう。このような都市を創造していくにあたり、水族園は楽しく遊び学べる文化施設としてその一翼を担うべく、私の夢を語ってみたいと思います。
その1 須磨海岸海洋公園構想
 大都市において砂浜が残されているところはほとんどありません。したがって、須磨海岸は、貴重な自然環境であり、万葉に詠まれた白砂青松の文化財であり、優れた都市生活環境です。  その須磨の地に、日本初だった水族館「和楽園」の建物を再現し、この水族園を核として須磨海岸一帯を自然復元し、「自然」と「生きもの」と「環境」を学べる海洋公園にしたいと思います。
その2 ドルフィンオーシャン構想
 須磨海岸の一部をラグーンとし、その中でスナメリやバンドウイルカを放し飼いにする構想です。また、阪神間唯一の須磨海水浴場は、「スナメリやイルカと泳げる海水浴場」をキャッチフレーズに、都会にある魅力的な海水浴場にしたいと思います。
その3 楽しめる展示も、環境を学べる展示も
 広いラグーンで、バンドウイルカのライブ、アシカのコミカルなライブなどを演出する他、イルカやカツオの群れが泳ぎ回るという全長数百メートルに及ぶ雄大なキャナル水槽などを建設し、面白く、楽しく、雄大な展示を行いたいと思います。また、地球温暖化や外来種問題など環境問題についても発信し、「人と自然との共生」を学び、体験できる水族園にしたいと思います。
その4 癒しとくつろぎの館の整備
 潮騒やクジラのコーラスなど自然の音色に包まれ横になれる砂浜、クラゲ水槽をのんびりと眺めつつトドやセイウチと昼寝できるコーナーなど楽しい空間を設 けたいと思います。  また、水槽内を滑り抜けるチューブ滑り台、吊るされて水槽内を 探検する釣鐘ダイビング、操縦して大水槽散歩ができる海中ロボットなど、これまでにない楽しい遊び道具も創造したいなと思います。
最後に
 平成19年は須磨水族館開館から満50年を迎える年となります。 また、今年(平成18年)の夏頃には水族館開館以来、5000万人目のお客様をお迎えすることができそうです。  今後も市民の皆様に愛される水族園として、ますます発展し、充実していきたいと思っております。今後ともご愛顧をお願い申し上げます。

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